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最高裁判所第三小法廷 平成7年(オ)2335号 判決 1998年1月27日

大阪府池田市伏尾台一丁目三番地の一四

上告人

日比野惠美子

兵庫県川西市多田桜木二丁目三番二八号

上告人

株式会社ケイ・テック

右代表者代表取締役

片原憲

右両名訴訟代理人弁護士

田中駿介

谷口由記

大阪府豊能郡能勢町下田三二三番地

被上告人

カブト工業株式会社

右代表者代表取締役

片原千榮子

右訴訟代理人弁護士

芝原明夫

藤木邦顕

徳井義幸

右当事者間の大阪高等裁判所平成六年(ネ)第一五六〇号商標権共有登録抹消登録手続等請求事件について、同裁判所が平成七年七月一八日に言い渡した判決に対し、上告人らから上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人田中駿介、同谷口由記の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

(平成七年(オ)第二三三五号 上告人 日比野惠美子 外一名)

上告代理人田中駿介、同谷口由記の上告理由

原判決は、採証法則及び経験則に違反し、判決に影響を及ぼすべき事実誤認を行ったために、誤った結論に至ったもので、理由不備の違法をおかしたものというべく、破棄されるべきである。

第一 本件商標権の一部移転についての事実誤認

一 まず、原判決は、次のとおり明白な事実誤認をおかしている。

(一) 原判決は、【当裁判所の判断】として(四一頁参照)、「本件商標権一部移転契約締結当時も職務代行者選任仮処分申立事件の審理が煮詰まり、前取締役が裁判所提示の和解案の受諾を最終的に拒否したことにより、早晩、右申立が認容され、前取締役が原告の経営権を喪失するであろうことがほぼ確実視されるという客観情勢にあり、前取締役はそうした自分達の劣勢を打破するため・・・」との第一審の認定をそのまま認定している。

(二) しかし、上告人が原審で主張したとおり(控訴審第一回準備書面一丁裏)、本件商標権一部移転契約の締結日は平成四年五月八日であり、職務代行者選任仮処分事件の申立日も平成四年五月八日であるから(訴状、請求の原因第二、三、(4)参照)、本件商標権一部移転契約締結当時、前取締役において職務代行者選任仮処分事件の申立があったことは知る由もなく、また、同事件の審理も始まってはいなかったのであるから、「仮処分事件の審理が煮詰まり前取締役が裁判所提示の和解案の受諾を最終的に拒否したことにより、早晩右申立が認容され、前取締役が被上告人会社の経営権を喪失するであろうことがほぼ確実、視されるという客観情勢にあった」との認定が事実誤認であることは明白である。

(三) 原判決が事実誤認をおかしたのは、平成四年五月八日に商標権移転契約が締結され(乙第八号証)、同月二二日に通産省公報で公告され(同第九号証)、同月二九日商標権一部移転登録申請がなされた(同号証)にもかかわらず、被上告人会社が、特許庁の受付年月日が同年一〇月一二日となっていることから(甲第二号証の一)、この日に契約を締結したものと誤って主張したことに引きずられたものである。

(四) 原判決は、右の重大なる客観状勢を誤認して一部移転契約を捉えたために、適法になされた契約に対し、不当にも前取締役の悪意ないし害意を認定し、判決の結論に至ったものであるが、右客観情勢が異なっているのであるから、前取締役の悪意ないし害意を認定することはできず、右事実誤認が判決の結果に影響を及ぼすものであることは明らかである。

二 右のほかに、原判決は、前提事実の中でも事実誤認をおかしている。

原判決の前提事実(二三頁)には「職務執行停止仮処分申請事件の審理が終結に近付き、同年一〇月二日の審尋期日において、担当裁判官から提示されていた、憲、雅晴、被告惠美子及び板東健治ら原告の当時の取締役及び監査役が、一億円の解決金を原告から受領して原告を退陣する旨の和解案の受諾を同人らが最終的に拒絶する旨の意思表示をし、その結果、当事者の話合いによる同事件の解決が困難であることが明確になった」としているが、和解を拒絶したのは被上告人である。

すなわち、真実は、裁判官から和解を勧められ「現取締役らに前取締役らの株式を純資産方式で買い取らせ、その額は計算上は二億円になるが、二分の一の一億円で再出発できますか、一億円で現取締役らを説得します」と提案があり、上告人惠美子ら前取締役らはこれを受け入れることにしたが、現取締役らは「一〇〇〇万円なら買い取る」、同代理人は「二〇〇〇万円で説得する」という回答であったので、これを聞いた裁判官は前取締役らに「あなた方のお耳に入れるのも・・・」という話で、結局和解不成立になったのであり(乙第一八号証)、原判決の認定事実とは逆に、勲ら現取締役らが裁判所の一億円の和解案を拒否したというのが真実であり、右前提事実を改めた上で判断されるべきである。

三 原判決は、片原一族の紛争の背景事実に目を閉ざし、上告人惠美子ら前取締役らが頑張ってきたからこそ会社を継続維持でき、かつ、現取締役に交代できたのであって、その事実を見ずして、前取締役らが敗訴判決を受けていることだけを捉えて、被上告人会社が善で上告人らが悪とでもいうが如き予断と偏見を抱いて事実を認定してしまっていると言わざるをえないのである。

片原一族間で会社の経営権をめぐって一連の紛争があったことは事実であるが、そうした経過の中で、訴訟の勝敗はともかくとして、真に被上告人会社の伝統と信頼を維持しつゝ経営を行い、会社の維持存続に全力を傾注してきたのは誰か、一方、その陰で、昭和五九年末から八年余の永きにわたり仕事もせずに会社から多額の給与の支給を受けて無為徒食の生活を送っていた者は誰か、そのことを冷静に考えてみてほしいものである。前者は前取締役らで、後者は現取締役らであることは言うまでもないが、永年被上告人会社の経営及び製品製作から離れていた現取締役らが経営権を握ったとしても、直ちに被上告人会社の経営を維持できる信用も技術力もないことは誰の目にも明らかなことである。

そのうえ、運悪く、被上告人会社の経営者交代の直後に、高度の精度が要求され技術的に最も困難な製品の一つである株式会社オークマ向けの製品の注文がきたのであり、幸いなことに二〇個という少数であったことから、前取締役らにおいて、被上告人会社の信用及び技術力のなさが取引先に露呈するのを回避すべく、いわば緊急避難的に、二〇個だけを製作し、日京産業株式会社を通じてオークマ株式会社に納品したのが事の真相であり、このことによって、被上告人会社の信用と技術力-それはほかでもない前取締役らの永年の努力によって培われてきたものであるが-を維持することができたのである。前取締役らにとっては、経営を離れたとはいえ、永年にわたり自分達の努力にようて信頼と技術力を培ってきた被上告人会社の名声が、一夜にして失墜することを見るに忍びなかったことはいうまでもないことである。

にもかかわらず、これを捉えて、上告人会社が被上告人会社の商品表示等の使用を始めたとか、不正競争行為であると認定するのは、事の真相を見落としたもので、予断と偏見に満ちた不当な認定といわざるをえない。

四 次に、原判決は、本件商標権一部移転契約の締結は代表取締役片原憲の個人的利益(ひいては日比野雅晴、上告人日比野惠美子ら前取締役の利益ともなる)のために行われたものと推認せざるをえないと判示する。

しかし、本件商標権一部移転契約は憲が自己の個人的利益のために行ったのではなく、将来、被上告人会社の取引先等へ迷惑がかかることを避けるために、いおば被上告人会社の利益のために行ったものであるから、原判決の推認は誤認というべきである。

一部移転した理由については、何ら法律上の原因がないものではなく、被上告人会社に対する解散請求訴訟が係属中で早晩法人格が消滅することが予想され、その結果、本件商標権が消滅した場合に、ライバル企業が本件登録商標を使用したり、被上告人会社の製品の類似品を発売することによつて市場を混乱させ、過去に協力を得てきた代理店等の取引先に迷惑がかかる事態が発生することを憂慮し、被上告人会社の解散後に本件登録商標が他社によって使用されることのないように、事前に適切な対策を講じておく必要があったのであり、そのために、商標図案の創作者で著作権を有する上告人惠美子に一部を移転しておくことが将来に起こり得る事態への対策として最も相応しい賢明な対策と考えられたのである。

五 原判決は、本件商標権一部移転契約が、被上告人会社にとって営業活動を営む上で重要な経済的価値を有する商標権の処分行為であるとしているが、商標権の全部を移転しようとしたのではなく、一部を移転しようとしたにすぎず、商標権の一部が被上告人会社から上告人惠美子に移転されても、被上告人会社においてその使用を禁止されるものではなく、事実、上告人惠美子が取締役退任後に被上告人会社に対し本件商標権の使用を妨害したことは全くないのであり、にもかかわらず、被上告人惠美子に悪意や害意があるかの如き認定は、被上告人会社の主張に引きずられた不当なものといわざるをえない。

六 原判決は、本件商標権一部移転契約は商法二六五条所定の取締役会の承認を受ける必要がある取引に該当するにもかかわらず、取締役会の承認を受けた事実を認めるに足る証拠がないから、この面からみても、被上告人会社につき効力を生じていないというべきであると判示する。

原判決は、取締役会議事録が作成されていないことをもつて、取締役会の承認を受けた証拠がないとしているものといえる。

しかし、上告人惠美子は中尾特許事務所から登録申請手続には取締役会の議事録の添付は不要であると聞いていたので作成しなかったのであり(移転契約書は登録申請手続に必要なために右特許事務所で作成してもらったものである、乙第八号証参照)、取締役会の決議は、議事録の作成を効力要件とするものではないし、決議があった以上、議事録が作成されなくても、決議の効力に影響はない。

被上告人会社の取締役は憲、雅晴及び上告人惠美子の三名であり、商標権一部移転について取締役全員が異議なく了解していた起とであり、平成四年二月一五日に開催の取締役会決議において、特別利害関係人である上告人惠美子が決議に加わらず他の二名で承認決議したものである。

そして、右決議に基づき、被上告人会社が相談していた中尾特許事務所に委任して、その後の登録申請手続を行ったものである。このように、取締役会の承認決議があったからこそ、その後の登録申請手続がとられているのである。

原判決は、後述するように、著作権の主体についての認定では、上告人会社が主張していない「黙示の契約」なる概念をもちだし強引な認定をしながら、右登録手続の一連の事実の流れを無視して、取締役会の承認を受けた証拠がないと認定しており(取締役会の決議があればこそ特許事務所に登録手続を委任できたのである)、前者において黙示の契約を認定するのであれば、後者において取締役会の承認決議があった事実も当然に認めて然るべきものである。

第二 被上告人会社現商標及び被上告人会社商号の周知性についての事実誤認

一 原判決は、遅くとも上告人会社設立時である平成五年三月一二日までに、ライブセンター(回転センター)の取扱者である全国の金属加工業者及び機械工具流通業者の間において、被上告人会社現商標ば、被上告人会社製品の「先端取替式」の特色と共に広く認識されるに至っており、同時に「カブト」の外観・称呼・観念を生じる被上告人会社現商標を付した被上告人会社製品の製造販売業者の営業表示として、被上告人商号も広く認識されるに至っており、それは現在も同様であると認められると判示している。

二 被上告人会社の製造販売する先端取替式のライブセンターが市場で高い評価を獲得して現在に至っていることは、前取締役らの経営努力及び技術力の賜物であり、現取締役らはこれに全く寄与していないのであるが、被上告人会社の現商標が被上告人会社の営業表示として広く認識されている、すなわち周知であるとまではいえない。

ましてや、被上告人会社は全国的規模では取引を行ってはいないし、被上告人会社ですら販売地域を「関西・中部・中国地域」と限定して主張しているのに(原告第一準備書面第二、一、(2)参照)、原判決は限定を無視して全国的に周知であると認定してしまっており、この点でも事実誤認は明らかというべきである。

第三 被上告人会社の上告人会社に対する本件商標権に基づく差止請求権について

一 本件商標図案及び被上告人会社商標図案の著作権者について

(一) 原判決は、被上告人会社旧商標図案の製作過程を全体として観察すれば、奈良一は、上告人惠美子を意のままに動かし、あたかも、その手足のように使って被上告人会社旧商標図案を完成したものと認めるのが相当であるから、仮に、被上告人会社旧商標図案に著作物性を認め得るとしても、奈良一の指示どおりに著作物の作成に従事した上告人惠美子は、その著作者であるというよりも、著作者の補助者にすぎないものとみるのが、右製作過程の実態に最もよく合致し、上告人惠美子も被上告人会社が使用する被上告人会社の商標として奈良一の意に量も適うものを作成する目的で被上告人会社旧商標図案の製作事務に携わったことが認められるとし、右認定の事実によれば、被上告人会社旧商標図案の著作者は、右製作事務の帰属主体たる被上告人会社であり、その著作権は、被上告人会社が原始的に取得した(そうでないとしても製作に携わった奈良一及び上告人惠美子との黙示の契約により、図案完成と同時に被上告人会社に譲渡された)ものと認めるのが相当であると判示する。

(二) 原判決は、商標図案作成過程において、奈良一が度々その内容について容喙し、上告人惠美子も積極的に奈良一に相談しその指示を受け入れて図案を作成完成したとし、奈良一が著作者で上告人惠美子がその補助者であったと認定するが、これは事実に反するものである。

本件商標図案は、アイデアから完成まで、一貫して上告人惠美子の創作によるものであって、奈良一は上告人惠美子から報告を受けていただけで、上告人惠美子の創作過程に対して単に迎合の意思を示していたにすぎないのであり、奈良一において何らの創作活動を行った経過はない。

もともと、奈良一が創作した図案は、カブトとは無関係の歯車の図に英語の大文字「SUPER」とか「SEIKEN」の文字を組み合わせたものであって、奈良一にはそれ以外に創作できる能力を有さなかったのであり、その程度の創作能力しかない奈良一としては、上告人惠美子のアイデア及び創作に全面的に頼らざるをえず、その結果として、上告人惠美子の創作によって本件商標図案が完成したものである。

カブトの図にするというのは上告人惠美子の発案であり、商標図案にはカブトの図の中でも折紙のカブトの図が相応しいことも上告人惠美子の発案で、その図をどのようにアレンジするかについて、すなわち二本の鍬形の大きさや長さに意匠上の工夫をこらし、中央部の真向の形状を折紙細工の兜のような三角形状にではなく、生命の源である太陽をイメージして強調した大きな半円状に描き、その中に被上告人会社が業界で日本一を目指す意味合いも込めて、奈良一の名前のイニシャルの「N」の文字を配したことも上告人惠美子の創作であって、発案から完成まで全ての創作過程に奈良一の創作を認める余地は全くなかったのである。

(三) 著作権は知的産物であり、会社の代表者が従業員の創作した著作物について、自分の創作としてその著作権を取得するものでないことは、蓍作権法の趣旨から明らかであるし、従業員が代表者に報告したことによって、従業員が代表者の手足にすぎないとか、補助者であったとかいう認定は、採証法則違背、経験則違背というべきである。

また、奈良一が容喙し、上告人惠美子に指示したことから、何故に著作権が原始的に被上告人会社に帰属するのか理由が明らかではない。

さらに、原判決は、被上告人会社が原始取得していないとしても、製作に携わった奈良一及び上告人惠美子との黙示の契約により、図案完成と同時に被上告人会社に譲渡されたものと認めるのが相当であると判示するが、奈良一と上告人惠美子との黙示の契約で被上告人会社に著作権が譲渡されるというのも論理的に矛盾している。

(四) 被上告人会社は、いわゆる職務著作の規定が適用されるとして著作権が被上告人会社に帰属すると主張したが、本件は職務著作の規定が盛り込まれた著作権法改正前であることを見落としたもので主張自体失当であるが、原判決は、被上告人会社が主張していない理由に基づいて著作権が原始的に被上告人会社に帰属するとか、そうでないとしても奈良一と上告人惠美子との黙示の契約があって著作権が被上告人会社に譲渡されたとの認定を行っているが、この点は明らかに弁論主義違背というべきである。

旧著作権法下において、被上告人主張の法人著作の規定が新設される前であって、著作権の帰属について、被用者が職務上作成した著作物について、雇用契約その他によって当事者間に特約があればそれに従うが、それがない場合には被用者である創作者に著作権が帰属するのが法解釈であり、原判決は、被上告人さえ主張していない「奈良一と惠美子の黙示の契約」を持ち込み、かつ、製作事務の帰属主体(被上告人)が創作者であるという論理的に矛盾した結論に陥ったものである。蓋し、被上告人に著作権を帰属させるならば、被上告人と惠美子との黙示の契約としなければならないはずであり、原判決は論理的にも矛盾しているといわざるをえないのである。

(五) ところで、奈良一は「先端取替式回転センター」の発明ないし考案が特許又は実用新案として登録要件を具備せず、登録も得ていないのに、自分が発明者として、毎年、被上告人会社から右回転センターの売上額の三%を特許料の支払を受けていたものである。乙第一九号証の一、二は、被上告人会社の昭和五一年度の損益計算書抜粋写及び確定申告書の付属明細書の抜粋写で工業所有権等の使用料の内訳書部分であるが、被上告人会社が奈良一に対し特許料として金二、四四二、七五七円を支払っていたことが明らかである。

また、同第二〇号証は、被上告人会社の昭和五二年八月二五日開催の取締役会議事録写であるが、第二号議案として、それまで毎年支払ってきた亡奈良一への特許料の支払をとりやめる旨可決されたことが記載されている(特許権の期間の記載は虚偽の事実である)。これには勲が代表取締役、誠が取締役として調印しているのである。

(六) 仮に、奈良一が上告人惠美子を補助者として本件商標図案を創作したとしたならば、もともと発明でないものを発明として特許料を受取っている奈良一であるから、商標登録までされている商標図案について、自分が図案の創作者としての商標図案の使用料を被上告人会社から支払を受けていないはずはないのであるが、奈良一がそのように考えていなかったからこそ、上告人惠美子に表彰や褒美の腕時計を与えて自分は何ら利益を受けていないのであり、このことからみても、本件商標図案の創作者は原判決の認定とは逆に上告人惠美子という帰結にならざるをえないのである。

二 上告人会社の本件登録商標の通常使用権について

(一) 上告人会社は、実質的には、取締役である上告人惠美子、その弟である代表取締役片原憲、上告人惠美子の夫で取締役である日比野雅晴の共同事業であるから、上告人会社が本件商標権を使用することは上告人惠美子の使用と同視されるべきである。

(二) また、将来設立する上告人会社への使用許諾について、上告人惠美子及び被上告人会社の了解があり、被上告人会社の取締役会において本件商標権一部移転契約の承認とともに、上告人会社への使用許諾に対する承認決議が合わせてなされたものであるから、上告人会社は本件登録商標につき通常使用権を有するものである。

(三) しかるに、原判決は、被上告人会社から上告人惠美子への本件商標権一部移転が無効であるとして、上告人惠美子が本件商標権を共有することを認めず、被上告人会社(原判決五二頁一〇行目の「原告」は「被告会社」の誤りと思われる)が使用許諾を受けた旨の主張は、その事実を認めるに足る証拠がないとするが、同認定は不当である。

第四 商号の類似性、混同及び営業上の利益侵害のおそれについて

一 商号の類似性について、原判決は、被上告人会社商号及び被上告人現商標の外観・称呼・観念から生じる「カブト」の略称は被上告人会社の営業表示としても商品表示としても周知性を取得していることを理由にあげて、上告人会社商号は被上告人会社商号に類似するものといわざるをえないと判示する。

しかし、前記のとおり、「カブト」の表示が被上告人会社の営業表示及び被上告人会社の商品表示として周知とはいえない。

また、上告人会社設立に際し、前取締役らは被上告人会社の取引先に対し、自分達が被上告人会社を離れて新たに上告人会社を設立する事情を説明し、また、被上告人会社の現取締役も全取引先を回って取引の継続を求めていたのであるから、取引先としては、両会社を峻別することはあっても、誤認混同することはありえないというべきである。

さらに、上告人会社は、商品の包装につき、被上告人会社の包装箱とは全く別の包装箱を用いており、それによつて十分識別が可能であり、商品の混同を生じるおそれはない。

二 従って、取引先が上告人会社の商号及び商品と被上告人会社のそれらとを誤認することはなく、被上告人会社の営業上の利益が害される余地はないのである。

第五 不正競争目的について

一 原判決は、被上告人会社が上告人会社と地理的に近接する兵庫県川西市に主要な営業所を有し、そこで永年にわたり被上告人会社商号を使用して営業していること及び被上告人会社現商標が周知性を取得していること等から、上告人会社は自己の営業を既登記商号たる被上告人会社商号の使用者である被上告人会社の商品又は営業と混同させ、被上告人会社の商品又は営業が有する信用ないし経済的価値を自己の商品又は営業に利用する意図を有し、かつ、取引者・需要者から「川西市」の「カブト」と称呼認識される意図をもって被上告人商号を選定したものであり、その設立当初から商法二〇条所定の不正競争の目的があったものと推認せざるをえないと判示する。

二 しかし、被上告人現商標が周知性を取得してはいないことは前記のとおりである。

また、原判決は、被上告人会社が、「川西市」の「カブト」と称呼認識される意図を持っていたとするが、上告人会社が「川西市」の「カブト」と称呼されていた事実はない。

三 そして、前取締役らは、上告人会社設立に際し、被上告人会社との誤認混同を避けるため、被上告人会社の取引先等に対し、前取締役が被上告人会社から離れ、別途上告人会社を設立した経過を説明し、積極的に誤認混同を回避する手段を講じているのであるから、上告人会社が自己の商品及び営業を、被上告人会社の商品及び営業と混同させようとしているとの推認は働かないというべきである。

第六 上告人らの故意・過失及び被上告人会社の損害について

一 原判決は、上告人惠美子及び上告人会社について、客観的に見る限り、上告人会社は被上告人会社とは全く別の法人として、新規にライブセンター(回転センター)の製造販売の事業分野に参入するのであるから、被上告人会社を含む他人の権利等を侵害することのないよう慎重に配慮して行動すべきは当然であり、上告人会社製品を含む上告人会社商品又はその製造販売にかかる営業に上告人会社商号又は被上告人会社現商標を使用するときは、被上告人会社の商品又は営業と混同を生じることを十分認識認容しながら、その点を顧みず本件不正競争行為に及んだものと認めるほかなく、故意があったといわざるをえないと判示する。

二 しかし、上告人会社が、被上告人会社現商標を使用した経過は、前記のとおり、僅か二〇個にすぎず、それも高精度が要求される株式会社オークマ向けのもので、現取締役らには到底製作できない商品であったために、被上告人会社の対外的信用を維持し、技術力のないことが露呈することを防ぐために、緊急避難的に行ったという事実を無視したものである。現に、その後は全く使用してはいないのである。

また、上告人会社設立にあたっては、被上告人会社の取引先に対し、事情を説明して、混同しないよう積極的な行動をとっており、慎重に配慮したものであって、その点を顧みなかったとの認定は当たらないというべきである。

三 被上告人会社は、損害を蒙ったと主張し、全く関係のない領収書等を証拠として提出している。

原判決は、被上告人会社は、上告人らが上告人会社製品の製造販売にかかる商品に、上告人会社商号、被上告人会社商号及び被上告人会社現商標を使用し、被上告人の商品又は営業と混同を生じさせた行為(本件不正競争行為)により、営業上の利益を害されたと認められるのみならず、被上告人会社は、上告人会社・被上告人会社及び上告人商品・被上告人商品が別個であることを世間に知らせるべく宣伝する必要に迫られ、あるいは、その名声、得意先関係、販売機会等にも悪影響を受けたとみるべきであって、右上告人らの行為により被上告人会社が蒙った損害の額は、本件に顕れた一切の諸事情を総合考慮すると、本件訴訟の弁護士費用を含めて一〇〇万円と認めるのが相当であると判示する。

四 しかし、被上告人会社の商品又は営業との混同が現実に生じた事実は客観的にはないのであるから、被上告人会社がその営業上の利益を害されたこともない。

そして、被上告人会社の現取締役らが行った営業活動は、上告人会社商号及びその商品との識別とは関係なく、自分達が八年余りの永きにわたって会社から離れていたことから、新経営者には信用も技術力もなく、取引先から相手にされないことが予想されたため、現取締役らは取引先に対し、新役員として、取引の継続を求めるために奔走したものであり、そのために使った旅費等は経営者交代に伴う営業費用にすぎず、上告人会社設立とは無関係のものであり、到底、損害として請求できる筋合いのものではないというべきである。

五 また、原判決は、被上告人会社は、現取締役に交代後も、新設計の球面サポート方式の「カブトドライビングセンター」を開発し、平成六年二月からその発売を開始するなど、それなりに被上告人会社事業の維持継続に努めていることが認められると判示する。

しかし、現取締役は、会社経営を引き継いで後、約一年間は製品の製作を全て外注に回しており、第三八期(平成五年一月~一二月)の決算報告書によれば、同期の売上高が三七〇〇万円であるのに、売上原価としての外注費が約三〇〇〇万円にのぼり、役員報酬九六〇万円及び給料手当約一七〇〇万円を支出して、約二九〇〇万円もの大幅な営業損失を計上し、従業員退職積立金の中から七〇〇万円を取り崩すという経理処理を行っているのであり、これからみても、被上告人会社は機械部品メーカーであるにもかかわらず全面的に外注に依存し、役員及び従業員が売上に対し全く寄与していないことが一目瞭然であり、上告人らが主張しだとおり、現取締役に被上告人会社の名声を維持していくだけの技術力がないことが露呈したものというべく、また、メーカーが自社製造を止めて外注依存の体質に変貌すれば、取引先に不安感及び不信感を抱かせ、その信用を失墜するであろうことは、火を見るより明らかである。そのうえ、長らく会社経営から離れていた現取締役らが会社経営を行おうとしても、取引先からは直ちに信頼されず、また、永年の紛争が対外的に公表されるに至ったのであるから、被上告人会社の取引先に対する信用を失墜するのも当然のことである。

以上

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